暗闇の風呂

真っ暗な風呂に入る、というのを一時期やっていた。とにかく暗い空間に身を委ねたかったのだ。

まずは電気を消して風呂に入ってみた。暗い。風呂場に窓はないため、どこにも光がない。自分の身体すら見えない暗闇のなかで、謎の液体に首までつかっている状態になった。

視覚から得られる情報がなくなることで、五感のうちの一つが消えた。聴覚や嗅覚、味覚も風呂場ではほとんど使わないことから、残る触覚にすべての神経が集中する。身体に感じるのは、真に湯の温かさのみ。それが一極集中で皮膚を刺激する。理屈はよく分からないが、何か「効いている」気がした。これはいいぞ。

しかし数分もすると瞳孔が開いてきて、だんだんとまわりの様子が見えるようになってきた。あれだけ真っ暗だったはずなのに、もう普通に風呂場の様子が分かる。そしてかすかに見える光を辿っていくと、脱衣所のドアの隙間から居間の光が差し込んでいるのだと分かった。詰めが甘かったのだ。

次の日、完全な暗闇を作り出すための準備をする。まず、部屋の明かりはすべて消す。カーテンも閉める。風呂場に続くドアを順番に閉めていき、最後のドアは微妙な隙間を暖簾の布でふさぐ。これで完璧だ。

そして最後に脱衣所の電気を消して、おそるおそる風呂場に入った。あまりにも暗く、床はおろか、何もかもが見えない。自分の手も見えない。どこに風呂桶があるのか、真っ暗闇を手探りで探す。湯船に浸かると、温かい液体が身体を包む感触がある。しかし何も見えない。暗い。瞳孔が開いてもなお、かすかな光すら感じることができない。そこには完全な暗闇が存在した。心地よかった。

そんなことを二週間くらい続けただろうか。暗闇にも慣れてきて、視覚に頼らずシャワーを浴びられるまでになった。そして徐々に刺激も薄れてきた頃、ひさしぶりに電気をつけて風呂に入ってみることにした。

眩しい! そう思うと同時に、意外と風呂が汚れていることに気がついた。暗くしていると見えなかった光景が、嫌が応にも目に入ってくる。そう、暗い風呂にばかり入っていると、風呂場の汚れに対して鈍感になるのだ。

暗闇も良し悪しだなあ、とそんなことを思って、私は暗い風呂に対する興味を急速に失っていった。それ以来、暗闇の風呂には入っていない。